札幌地方裁判所 平成4年(ワ)1414号 判決 2000年9月21日
原告
日本鉄道建設公団
右代表者理事
宮崎達彦
右訴訟代理人弁護士
富樫基彦
右指定代理人
舘野弘典
同
古関雅教
被告
荒井仁一
被告
中出定春
被告ら訴訟代理人弁護士
佐藤太勝
同
大森綱三郎
同
佐藤哲之
同
内田信也
主文
一 被告荒井仁一は、原告に対し、
1 別紙建物目録記載の一及び二の各建物を明け渡せ。
2 別紙建物目録記載の三及び四の各建物を収去して別紙土地目録記載の二及び三の各土地を明け渡せ。
3 平成一二年三月一七日から別紙建物目録記載の一の建物の明渡済みに至るまで一か月当たり二六二〇円の割合による金員を支払え。
二 被告中出定春は、原告に対し、
1 別紙建物目録記載の五の建物を明け渡せ。
2 平成一二年三月一七日から右明渡済みに至るまで一か月当たり四一〇〇円の割合による金員を支払え。
三 訴訟費用は被告らの負担とする。
四 この判決は仮に執行することができる。ただし、被告荒井仁一が二〇万円の担保を供するときは第一項1について、被告中出定春が二〇万円の担保を供するときは第二項1について、それぞれ右仮執行を免れることができる。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 主文第一ないし第三項と同旨
2 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
(本案前の答弁)
1 本件訴えをいずれも却下する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
(本案の答弁)
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二 当事者の主張
一 請求原因
1(一) 日本国有鉄道(以下「国鉄」という。)は、昭和六二年四月一日当時、別紙建物目録記載の一、二及び五の各建物(同目録記載の一、二の建物は昭和二三年一月新築、同五の建物は昭和三年一二月新築、以下、それぞれを「本件宿舎一」「本件倉庫」「本件宿舎二」といい、合わせて「本件各宿舎」という。)及び別紙土地目録記載の一の土地(以下「本件土地一」という。)を所有していた。
(二) 国鉄は、昭和六二年四月一日、日本国有鉄道改革法(昭和六一年法律第八七号、以下「改革法」という。)一五条、日本国有鉄道清算事業団法(昭和六一年法律第九〇号、以下「事業団法」という。)附則二条に基づき、日本国有鉄道清算事業団(以下「事業団」という。)に移行したが、本件各宿舎及び本件土地一は、改革法所定の承継法人に引き継がれなかったので、同法一五条に基づいて、事業団がこれを承継した。
(三) 事業団は、平成一〇年一〇月二二日、日本国有鉄道清算事業団の債務等の処理に関する法律(平成一〇年法律第一三六号)附則二条一項、同法の施行期日を定める政令(平成一〇年政令第三三四号)により解散し、同法二条一項により政府が承継する債務以外の事業団の一切の権利、義務については、原告が承継した。
2(一) 被告荒井仁一(以下「被告荒井」という。)は、本件宿舎一に居住し、同宿舎及び本件倉庫を占有するほか、別紙建物目録三及び四の各建物(以下それぞれを「本件車庫」「本件物置」といい、合わせて「本件各付属建物」という。)を所有し、本件車庫及び本件物置の敷地部分である別紙土地目録記載の二の土地(本件土地一の一部、以下「本件土地二」という。)及び同目録記載の三の土地(本件土地一の一部、以下「本件土地三」という。)を占有している。
(二) 被告中出定春(以下「被告中出」という。)は、本件宿舎二に居住して、同宿舎を占有している。
3 本件宿舎一の使用料は一か月二六二〇円、本件宿舎二の使用料は一か月四一〇〇円であったものであるから、被告荒井は、本件宿舎一の占有により一か月当たり二六二〇円、被告中出は、本件宿舎二の占有により一か月当たり四一〇〇円の、各使用料相当額の利得を得ており、原告は同額の損失を受けている。
4 よって、原告は、
(一) 被告荒井に対し、所有権に基づいて、本件宿舎一、本件倉庫の各明渡し、本件各付属建物の収去と本件土地二、三の各明渡し及び不当利得返還請求権に基づいて、本件口頭弁論終結の日の翌日である平成一二年三月一七日から明渡済みまで一か月二六二〇円の割合による使用料相当額の支払、
(二) 被告中出に対し、所有権に基づいて、本件宿舎二の明渡し及び不当利得返還請求権に基づいて、本件口頭弁論終結の日の翌日である平成一二年三月一七日から明渡済みまで一か月四一〇〇円の割合による使用料相当額の支払
をそれぞれ求める。
二 被告らの本案前の主張
原告の本訴請求は、それ自体が労働組合法七条一号、三号所定の不当労働行為に該当する違法なものであり、また、信義則違反ないし訴権の濫用にあたるものであるから、不適法として却下されるべきである。
1 不当労働行為について
(一) 被告らは、いずれも旧国鉄職員であり、全国鉄動力車労働組合(以下「全動労」という。)の組合員である。
(二) 国鉄は、昭和六二年四月一日、改革法及び関連法令によって、分割民営化され、国鉄の鉄道事業は、新たに設立された六つの旅客鉄道株式会社、日本貨物鉄道株式会社及びその他の承継法人(以下、合わせて「承継法人」という。)に分割承継されたが、その際、承継法人の職員は国鉄職員から採用するものとされた(改革法二三条)。また、右鉄道事業が承継法人に承継されたときは、国鉄は事業団に移行し、事業団が、承継法人に承継されない国鉄の権利義務を承継するものとされた(改革法一五条)。
(三) 改革法二三条による承継法人の職員の採用手続は、承継法人への採用を希望する国鉄職員の中から、国鉄が名簿(以下「採用候補者名簿」という。)を作成し、この名簿の中から承継法人の設立委員が採用者を決定するものとされていたが、右採用にあたっては、当時、国鉄内に複数の労働組合が存在していたにもかかわらず、採用候補者名簿の作成手続を通じて、承継法人への採用率が組合毎に極端に異なる組合間差別が強行された。
すなわち、北海道についてみると、当時、国鉄の分割民営化に賛成し、推進する立場を採っていた鉄道労働組合、国鉄動力車労働組合等の「改革労協」所属の組合員は、ほぼ一〇〇パーセント採用されたのに対し、分割民営化に反対し、反対運動を組織していた全動労所属の組合員は約二八パーセント、国鉄労働組合(以下「国労」という。)所属の組合員は約四八パーセントしか採用されなかった。
(四) また、国鉄当局は、分割民営化の過程において、マスコミを利用した「悪慣行・国鉄労使国賊論」の一大キャンペーンを行ったほか、現場協議制の破棄、雇用安定協定の締結拒否等、全動労を弱体化させるための労務政策を採り、更に、進路アンケートの実施、職員管理調書の作成、人材活用センターへの配置等を通じて、全動労等の組合員に対し、承継法人における職員の採用のための振り分けを前提とした、組合からの脱退の勧誘等を行うに及んだ。
これらにより、多くの組合員が全動労を脱退するに至り、組織は重大な影響を受けた。
(五) 被告らは、このような不当労働行為の結果、承継法人に採用されず、昭和六二年四月一日以降、事業団法一条二項における「再就職を必要とする職員」として事業団に配置され、「日本国有鉄道希望退職職員及び日本国有鉄道清算事業団職員の再就職の促進に関する特別措置法」(以下「特措法」という。)における、再就職の機会確保、援助を受ける者とされた。
しかし、被告ら事業団に配置された者は、実際には特措法や国会決議の趣旨に反し、まともな再就職のあっせんを受けることのないまま、劣悪な老朽施設において自学自習の名の下に放置され、経済的にも、組合員平均月額一〇万円の減収を余儀なくされるという、極めて非人間的、不利益な取扱いを受けた。そして、被告らは、平成二年四月一日、特措法の失効(同法附則二条)に伴い、事業団を解雇されたため、経済的基盤を失い、現在は、全動労からの借入金により生活することを余儀なくされている。
(六) 事業団による本訴請求の提起は、国鉄、承継法人、事業団による一連の不当労働行為の総仕上げとして、被告らから生活の根拠である住居を奪うものであり、それ自体が、被告ら全動労組合員に対する新たな不利益取扱い、全動労のいっそうの弱体化を意図した不当労働行為(労働組合法七条一号、三号)を構成する違法なものである。
したがって、原告の本訴請求は、不適法なものとして却下されるべきである。
2 信義則違反ないし訴権濫用について
原告は事業団の権利義務を承継したものであり、事業団は国鉄が移行した法人であるから、事業団に移行前の国鉄が行った不当労働行為については、原告においても責を免れない。しかしながら、事業団及び原告は、その責任を放置したまま、しかも、現在、被告らに対し本件各宿舎の明渡しを求めなければならない差し迫った必要がないにもかかわらず、被告らに新たな負担と心理的動揺を呼び起こし、それらを通じて、改めて全動労を弱体化させることのみを目的として、本訴提起に及んでいる。
したがって、本訴の提起は、民事訴訟における信義則に著しく違背し、訴権を濫用するものであるから違法であり、本訴請求は却下されるべきである。
三 被告らの本案前の主張に対する原告の反論
法的紛争の当事者がその解決を図るため、裁判所に対し訴えを提起する権利は、法治国家の根幹に関わる重要なものであるから、それを制限するには殊に慎重な配慮が必要である。したがって、訴えの提起が違法性を帯び不適法とされるのは、「原告」が、権利がないことを知りながら、あるいは権利を行使する意図が全くないのにもかかわらず、その行使に仮託して、「被告」を困惑させるためにのみ訴えを提起した場合等に限られるものである。
しかしながら、原告の本訴請求は、原告の所有権に基づいて、特措法の所定の期間の経過に伴い、平成二年四月一日に事業団を解雇され、本件各宿舎の占有権原を喪失した被告らに対し、その明渡しを求める事案であり、事実的、法律的根拠を欠くものでないことは明らかである。
そして、原告は、平成二年四月以降、被告らに対し、再三にわたって本件各宿舎の任意の明渡しを求めたにもかかわらず、被告らがこれに応じないため、やむを得ず本訴請求に至ったのであり、被告らが本訴の追行により、相応の負担を課せられたとしても、やむを得ないものというべきである。
なお、被告らは、承継法人に採用されなかったのは全動労組合員であることを理由とした採用差別の結果であり、不当労働行為に該当する旨主張するが、承継法人における全動労組合員の採用率が他の組合員より低かったのは、全動労が、国鉄の施策や職場規律の是正に抵抗し、そのための行動を組合員に徹底させたため、これら組合員の勤務成績が、併存する労働組合の組合員より相対的に劣位であると評価され、採用候補者名簿に登載されなかったことによるものであって、所属組合による差別を示すものではない。
四 請求原因に対する被告らの認否
1(一) 請求原因1(一)の事実は認める。
(二) 同(二)の事実うち、国鉄が、原告主張の法令により事業団に移行したことは認めるが、本件各宿舎及び本件土地一の所有権が事業団に承継されたことは否認する。
国鉄が所有していた土地、建物については、何らかの基準により承継法人に承継されるものと事業団に承継されるものとに区別され、それによりそれぞれ引き継がれたはずであるが、その基準が明らかではなく、本件各宿舎及び本件土地一が事業団に承継されたものとは認められない。
(三) 同(三)の事実は認める。
2 同2の各事実は認める。
3 同3は争う。
五 被告らの抗弁
1 本件各宿舎の利用についての合意
前記二1(一)のとおり、被告らは、いずれも旧国鉄職員であったが、被告中出は、国鉄との間において、被告荒井は、事業団との間において、それぞれ、本件宿舎一、本件倉庫及び本件宿舎二を利用することについて合意し、右各宿舎に入居した。
被告らの本件各宿舎の占有は、右合意に基づくものである。
2 信義則違反又は権利濫用
前記二1のとおり、国鉄及び北海道旅客鉄道株式会社(以下「JR北海道」という。)等の承継法人は、承継法人の職員採用過程において、被告らを、全動労組合員であることを理由に採用しなかったものであるが、国鉄等の被告らに対するこのような取扱いは、労働組合法七条一号、三号に該当する不当労働行為であることは明らかである。被告らは、このような不当労働行為の結果、事業団の「再就職を必要とする職員」(事業団法一条二項、二六条三項、特措法一四条一項)とされた上、前記二1(五)のとおり解雇されたものであるが、このように、被告らを不当に承継法人の職員でない状態にさせた国鉄から、その移行に係る事業団を経て更に権利義務を承継した原告が、事業団の宿舎等取扱基準規程(以下「宿舎規程」という。)に基づいて本件各宿舎の明渡しを請求することは、それにより被告らに重大な不利益がもたらされることをも考慮するならば、信義則に違背するもの、ないしは権利を濫用するものとして許されない。
六 被告らの抗弁に対する原告の認否
1(一) 抗弁1の事実は認める。
(二) なお、被告らの本件各宿舎の利用関係は次のとおりである。
(1) 被告中出
同被告は、昭和六〇年四月二八日、国鉄との間において、国鉄の公舎基準規程(以下「公舎規程」という。)に基づく入居契約によって、本件宿舎二に入居し、居住した。
国鉄が、昭和六二年四月一日、前記のとおり事業団に移行したことにより、事業団は、同被告との雇用関係とともに、右の宿舎利用における国鉄の地位を承継した(改革法一五条)。
そして、右移行に伴い、公舎規程とほぼ同一内容の、事業団の宿舎規程が定められ、右入居契約は、以後宿舎規程により規律されることとなった。
(2) 被告荒井
同被告は、昭和六二年一二月二〇日、事業団との間において、事業団の宿舎規程に基づく入居契約によって、本件宿舎一及び本件倉庫の引渡しを受け、同宿舎に居住した。
(3) 本件各宿舎の利用関係は、事業団職員の厚生施設の利用として、宿舎規程により規律される特殊な契約関係であり、民法の賃貸借の規定及び借地借家法の規定がそのまま適用になるものではない。
2(一) 抗弁2の事実のうち、被告らが全動労の組合員であったこと、承継法人が被告らを職員として採用しなかったこと、そのため、被告らは、事業団の職員とされ、その後被告ら主張のとおり解雇されたことは認め、その余は否認する。
(二) 国鉄は、承継法人の職員となることを希望していた被告らを含む職員について、設立委員が提示した採用基準に照らして審査した結果、被告らについては、他の職員との比較において、同基準にいう「当社の業務にふさわしい者」に該当しないと判断したため、採用候補者名簿に登載しなかったものであり、右の不登載が、全動労の組合員であることを理由としたものではない。したがって、国鉄等において、被告ら主張の不当労働行為を行ったことはない。
なお、事業団は、特措法に基づいて、国、地方公共団体、特殊法人、民間企業のほか、東日本旅客鉄道株式会社等のJR本州各社への就職斡旋を行うなど、被告らが再就職できるよう努力を払ってきたが、被告らは、北海道内で勤務できるJR北海道、日本貨物鉄道株式会社以外の就職は希望しないという態度で終始したため、再就職するまでには至らなかった。そのため、事業団は、特措法の失効(平成二年四月一日、特措法附則二条)に伴い、やむを得ず、被告らに対し、就業規則二二条四号(業務量の減少その他経営上やむを得ない事由が生じた場合)に基づき解雇に踏み切ったものである。
七 原告の再抗弁(抗弁1に対し)
1 事業団の宿舎規程による入居契約の終了
(一) 宿舎規程においては次のとおり定められている。
「一〇条 宿舎等への居住の指定を受けた者は、次の各号に定める行為をしてはならない。ただし、宿舎総括者が許可した場合はこの限りでない。
(略)
(4) 宿舎等の改造等を行うこと
(略)」
「一一条一項
宿舎等に居住している職員等は、次の各号の一に該当した場合には、六〇日以内(略)にその明渡しをしなければならない。
(略)
(1) 職員等でなくなった場合
(2) 死亡した場合
(3) 前条に規定する行為を宿舎総括者の許可を得ず行った場合
(4) 第一三条に規定する使用料金等を三箇月以上滞納した場合
(5) 第一六条第一項に規定する居住変更を求められた場合
(6) 前各号に掲げる場合のほか、宿舎総括者において、居住することを不適当と認めた場合」
なお、「宿舎総括者」については、同規程二条(5)において、「支社にあっては、支社長をいう。」と定められている。
(二)(1) 本件各宿舎についての宿舎総括者である事業団北海道支社長は、本件各宿舎について、居住することを不適当と認め(宿舎規程一一条一項(6))、被告中出に対しては平成六年一二月二二日に到達した書面により、被告荒井に対しては同月二三日に到達した書面により、その旨を通知し、本件各宿舎を明け渡すよう求めた。
(2) 宿舎総括者が、本件各宿舎について居住することを不適当と認定した理由は次のとおりであり、合理的なものである。
ア 事業団及び原告は、国鉄改革の実施に伴い、国鉄の長期債務その他の債務の償還のため、国鉄の土地その他の資産の処分を行うこと等を業務としている(事業団法一条一項、日本国有鉄道清算事業団の債務等の処理に関する法律一三条)。事業団の主たる業務は土地等の資産の売却であるが、事業団は毎年度一兆五〇〇〇億円の利息及び共済年金等負担金の支払をしているため、長期債務等の額は微増し、平成七年四月一日時点における国鉄長期債務等は約二七兆円、土地の資産額は約四兆円となっている。
以上から、原告の土地等の資産の売却は、利息等の支払の負担を軽減するためにも、また、法律及びこれに基づく平成元年一二月一九日の閣議決定(右においては、事業団の土地の処分は平成九年度までに実質的に終えるものとされている。)を遅滞なく履行するためにも、早期に行うことが要請されている。
イ 事業団の所有する宿舎は、事業団がその業務を円滑に遂行するとともに、職員の福利厚生を増進する目的で設置されたものである。したがって、宿舎の設置、維持も、事業団及び原告の土地等の資産の売却という基本的な業務の遂行を阻害することがあってはならない。
ウ 本件各宿舎は、ともに木造平家建のいわゆる一戸建住宅であるが、いずれも、小樽市内を走る高速道路の東西に広がる一団の宿舎施設の一部をなしていたものである。そのうち、被告中出の居住する本件宿舎二は、右道路東側にあった総戸数五七戸の宿舎施設のうちの東端の住宅、被告荒井の居住する本件宿舎一は、右道路西側にあった総戸数二四戸の宿舎施設のうちの西端の住宅であったが、現在は、本件各宿舎を除いてすべて撤去され、土地を処分するための準備がなされている。
そして、本件宿舎二については、その隣地が公共用地(消防署施設用地)として既に処分され、また、右宿舎の敷地(1511.83平方メートル)は幹線道路である国道五号線に面し、右宿舎は敷地のほぼ中央に位置するため、宿舎の存在により土地全体の処分が阻害されている。
更に、本件宿舎一については、その所在位置が、右高速道路西側の一団の土地(1万3051.49平方メートル)の公道(市道汐見台線)に接する入口付近であるため、同様に、その存在により右土地の処分が妨げられている。
なお、近傍地の公示価格等から推計するならば、本件宿舎二の敷地は約四六〇〇万円程度であり、本件宿舎一のある一団の土地は約二億九八〇〇万円程度である。
エ 本件宿舎一は、昭和二三年に新築された木造建物、本件宿舎二は昭和三年に新築され、昭和四九年に補修工事がなされた木造建物であり、いずれも床面積も狭く、老朽化が著しい状況にある。また、本件各宿舎はいずれも一棟二戸建ての構造であるが、隣家はいずれも既に空き家となっており、ほぼ朽廃状態にある。そのため、特に、本件宿舎二については、隣家の積雪による屋根の損壊や隣家への浮浪者の立入りによる放火の可能性があり、建物の維持管理に困難を来している。
(三)(1) また、被告荒井は、平成三年ころ、宿舎総括者の許可がないのに、本件宿舎一と同棟となっている隣家との間仕切壁を破って、そこに出入口を設け、隣家を自己の宿舎の一部として無断で使用している。
(2) 被告荒井の右行為は、明らかに宿舎規程一〇条(4)で禁止されている「宿舎等の改造等を行うこと」に該当するから、同被告は、同規程一一条一項(3)により、原告に対し、本件宿舎一の明渡義務を負うものである。
(3) そこで、宿舎総括者である事業団北海道支社長は、被告荒井に対し、平成九年九月九日付けの書面により本件宿舎一の明渡しを求め、右書面は同月一二日に同被告に到達した。
(四) したがって、被告中出は、右通知が到達した六〇日後である平成七年二月二一日、被告荒井は、右各通知が到達した六〇日後である平成七年二月二二日又は平成九年一一月一二日に本件各宿舎の明渡義務を負うに至ったものである。
2 被告らがJR北海道に採用されたとした場合における入居契約の終了
仮に、被告ら主張のように、被告らが、国鉄の不当労働行為によりJR北海道に採用されず、不当労働行為がなかったならば同社に採用されていたとしても、以下のとおり、被告らが、本件各宿舎の明渡義務を負うものであることには変わりはない。
(一) 事業団とJR北海道等の承継法人は、昭和六二年四月一日、次のような内容を定めた宿舎利用協定を締結した。
二条 改革法二二条の規定により資産を承継し宿舎を保有することとなる甲(各旅客鉄道株式会社)、乙(日本貨物鉄道株式会社ほか)、丁(事業団)は、その保有する宿舎を当該宿舎保有法人の職員以外の職員が移行日に現に利用している場合及び三条二項により新たに利用することとなる場合について、宿舎一戸単位による貸借関係として、その職員の所属の法人に宿舎の利用を認めることとする。
三条一項
甲は、その所管する区域のうちの当該甲以外の宿舎保有法人の宿舎についても委託を受け、その運用管理業務を一元的にかつ公平に行うものとする。
二項
所管甲以外の甲、乙、丙(新幹線鉄道保有機構)、丁は、所管甲を通じ、宿舎を利用するものとする。
七条 二条に係る宿舎の利用料金は、昭和六二年三月三一日現在における当該宿舎の宿舎料金とする。
一一条 この協定の期間は、昭和六二年四月一日から平成四年三月三一日までとする。その後の取扱いについては、別途協議することとする。
(二) 事業団は、右宿舎利用協定により、移行後も、事業団が所有することになった宿舎をJR北海道に貸与してその職員の居住を認めてきたが、平成四年四月一日、JR北海道との間において、宿舎の利用期間について次の内容の宿舎一時使用承認の約定を締結した。
一条、五条
宿舎の使用期間を最長で平成七年三月三一日までとする。
但し、対象社員が使用期間の途中で宿舎を退去した場合は、退去完了届を事業団が受理した日までとする。
一三条 事業団は、右使用期間中であっても、事業団において必要がある場合には、右承認を取り消すことができる。
(三) 事業団は、平成七年三月三一日、JR北海道との間において、一部の宿舎の利用期限について、「事業団における当該宿舎用地の処分に支障のない範囲での一時使用であることを前提として」、更に平成一〇年三月三一日まで更新する旨の約定を締結した。
(四) 前記一1(二)のとおり、本件各宿舎は、移行後、事業団が所有することとなったが、仮に、被告らがJR北海道の職員として採用されていたとしても、前記(一)二条及び三条により、現在と同様に、本件各宿舎を利用していたものと推測される。
(五) 一方、JR北海道の社宅等取扱規程には次のとおり定められている。
「一八条 社宅に居住している社員等は、次の各号の一に該当した場合は、社宅にあっては六〇日以内(略)に明け渡さなければならない。
(略)
(6) 前各号に掲げる場合の他、同居(居住の誤り)することが明らかに不適当と認められる場合」
(六) 被告らについて、本件各宿舎に居住することが明らかに不適当であり、また、右事由が生じてから六〇日を経過していることは、前記1(二)(2)のとおりである。
(七) 事業団は、現在までに、JR北海道に対し一時使用承認に基づき利用を認めていた宿舎について、期間途中退去の場合を除き、前記(二)(三)によりすべての使用承認を取り消した。これによって、一時使用の承認により事業団宿舎に居住していたJR北海道の職員は、全員宿舎から退去している。
(八) 以上のとおり、仮に、国鉄が事業団に移行した際に、被告らがJR北海道に採用されたとしても、現在、JR北海道は事業団に対し本件各宿舎の使用権限を有さず、被告らもJR北海道に対しその使用権限を有するものではない。
八 再抗弁に対する被告らの認否、反論
1(一) 再抗弁1(一)の事実は認める。
(二) 同1(二)(1)の事実のうち、被告らに対し原告主張の通知がなされたことは認める。
(三) 同1(二)(2)は争う。
なお、現在、本件各宿舎の所在する各土地上に、各宿舎が存在するのみであることは認めるが、そのことにより、右土地全体の有効利用が阻害されているということはない。
本件各宿舎については、現在、その使用に問題はなく、今後も相当期間使用に耐え得る。
原告の主張は、自らなすべき本件各宿舎の保守、管理を一切行わないまま、その使用を「不適当」とするものであり、不当である。
また、本件各宿舎が使用に「不適当」であるとするためには、代替宿舎の提供がなされるべきである。
(四) 同1(三)(1)の事実のうち、被告荒井が、原告主張の隣家部分を一時無断で使用したことがあることは認めるが、その余は否認する。原告荒井は、現在は右部分を現状に復して使用していない。
(五) 同1(三)(2)は争う。
被告荒井が宿舎総括者の許可なく使用したとされる隣家は、既に事業団によって使用に供することが廃止され、放置されていた宿舎である。同被告がそれを一時使用したからといって、事業団に何ら不都合が生じないばかりか、その部分の保全措置を講じなければ、本件宿舎一にも影響を及ぼしたものである。事業団が、それまでに、必要な補修ないし解体工事をしないまま、同被告の右の使用状況を認識しながら、これを黙認してきたという経過に鑑みれば、同被告の行為は、宿舎規程に該当するものではない。
(六) 同1(三)(3)の事実は認める。
(七) 同(四)は争う。
(八) 被告らは、前記五2のような不当労働行為の結果、事業団職員として取り扱われたに過ぎないから、被告らには承継法人の職員と同様の地位、身分が保障されるべきであり、その宿舎の利用関係に事業団の宿舎規程をそのまま適用することは許されない。
2(一) 同2(一)ないし(三)の事実は知らない。
(二) 同2(五)の事実は認める。
(三) 同2(六)の事実のうち、被告らが本件各宿舎に居住することが明らかに不適当であることは否認する。
仮に、右のとおり不適当であるとしても、当該職員には代替宿舎が提供されるはずである。
(四) 同2(七)の事実のうち、事業団がJR北海道に対し宿舎の使用承認を取り消したことは知らない。
(五) 同2(八)は争う。
九 被告らの再々抗弁(再抗弁1(三)に対し)
仮に、被告荒井の本件宿舎一の改造行為が宿舎規程に反するとしても、その行為が、前記五2のとおりの不当労働行為が行われた状況下でなされたものであること、右改造行為の具体的態様が前記八1(五)のとおりであったことからみるならば、原告の、被告荒井に対する宿舎規程違反による明渡義務の発生の主張は、権利の濫用として許されない。
一〇 再々抗弁に対する原告の認否
争う。
第三 証拠
証拠関係は、本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。
理由
一 被告らの本案前の主張について
1 被告らは、まず、原告の本訴請求が不当労働行為(労働組合法七条一号、三号)に該当するから不適法であると主張する。
(一) しかしながら、仮に、原告の本訴請求が被告ら主張のように不当労働行為にあたるとしても、そのこと自体から、直ちに、本訴請求が訴訟要件のいずれかを欠くに至ったものと解すべき理由はなく、被告らの本訴請求を不適法とする右主張は失当といわざるを得ない。
(二) のみならず、原告の本訴請求自体は、後記四のとおり、本件各宿舎の敷地を含む原告所有地を早期に売却し、その代金収入を旧国鉄の債務の返済に充てるため、右宿舎の明渡しを求める必要性に基づいてなされたものと認められること、また、後記五のとおり、宿舎の明渡しの必要性は、被告らが事業団の職員ではなく、承継法人の職員であったとしても同様に存在し、その場合にも本件各宿舎の明渡しが訴求されたものと推認されること等の諸事情に照らすならば、原告の本訴請求は、それ自体が不当労働行為の意思によりなされたものとみなすことはできず、そのため、右請求が不当労働行為にあたるものとはいえない。
したがって、この点からも、被告らの右主張は失当である。
2 また、被告らは、本訴請求について、その提起が信義則違反ないしは訴権の濫用にあたるものとも主張する。
しかしながら、訴えの提起が信義則違反もしくは訴権の濫用になる場合とは、当該訴えが、実質的に、既に判断の確定した前訴の単なる蒸し返しに過ぎない(例えば一部請求の繰返しの場合等)等、紛争解決についての相手方の信頼に明らかに反する場合、権利行使の意図が全くないにもかかわらず、専ら、他の不当な目的の達成を意図して訴えを提起した場合等、相手方又は裁判所に対する関係において、訴えの提起自体が訴訟制度の利用に値しないような特段の事情のある場合に限られるというべきであるところ、本件においては、前記1のとおり、原告において早急に本件各宿舎の明渡しを求めるべき必要があり、本訴請求が不当労働行為に該当するものとも解されないこと等の諸事情が認められるのであるから、右の「特段の事情」が存在するものでないことは明らかである。
したがって、原告の本訴請求が、民事訴訟における信義則に反するもの、もしくは訴権を濫用したものと解すべき余地はなく、被告らの右主張もまた失当というべきである。
二 請求原因事実について
1 請求原因1(一)の事実(国鉄の本件各宿舎及び本件土地一の所有)については当事者間に争いがない。
2 同1(二)の事実のうち、国鉄が原告主張の法令に基づいて事業団に移行したことは当事者間に争いがなく、それにより、事業団が国鉄から本件各宿舎の所有権を承継したことは、甲第七、第八号証の各三、第九、第一〇号証及び弁論の全趣旨により認めることができる。
3 同1(三)の事実(原告による事業団の権利義務の承継)及び同2(一)(二)の事実(被告らによる本件各宿舎、本件各付属建物、本件土地二、三の各占有)については当事者間に争いがない。
4 甲第一〇、第四四号証及び弁論の全趣旨によると、平成六年三月一日現在における本件各宿舎の使用料については、本件宿舎一が一か月二六二〇円、本件宿舎二が一か月四一〇〇円と定められており、その後現在まで同額とされていることが認められる。
三 被告らの本件各宿舎の占有について
1 抗弁1の事実(被告らと国鉄、事業団との合意)については当事者間に争いがない。
2(一) また、国鉄が昭和六二年四月一日に事業団に移行した際、被告らが、承継法人の職員として採用されず、事業団の職員とされたことについても当事者間に争いがない。
(二) 一方、国鉄が事業団に移行したことにより、事業団は、国鉄から、承継法人に採用されなかった職員の雇用関係とともに、承継法人に承継されなかった職員宿舎について貸主の地位も承継した(改革法一五条、事業団法一条)ところ、甲第三号証の一、二によると、移行前の国鉄職員の宿舎の利用関係については、国鉄により公舎規程が定められていたが、国鉄から事業団に移行する際においては、右規程とほぼ同一内容の宿舎規程が定められたことが認められる。
(三) そして、甲第三号証の一、二、第一〇、第一二、第一九号証によると、公舎規程及び宿舎規程の定めでは、職員による国鉄、事業団の宿舎の利用は、その間の雇用関係の存続を前提とするものとされ、また、右宿舎への入居は、国鉄の北海道総局長、鉄道管理局長等(公舎規程)、もしくは事業団の北海道支社長等(宿舎規程)の指定によるものとされていること、更に、その利用料金も、一般の社宅等に比べて極めて低額に定められていること等が認められる。したがって、これらの事実に鑑みるならば、右宿舎の利用関係は、公舎規程及び宿舎規程に規律される特殊な法律関係であると解するのが相当である。
(四) 更に、甲第三号証の一によると、公舎規程と宿舎規程の関係については、宿舎規程附則1及び2において、「この達は、昭和六二年四月一日から適用する。」「この達適用の際、現に宿舎等に居住している職員等(日本国有鉄道公舎基準規程により宿舎等の退去を命ぜられている者を除く。)は、全てこの達により宿舎等に居住している者とみなす。」と定められていることが認められる。
(五) 他方、甲第四四号証及び弁論の全趣旨によると、被告中出は、国鉄職員であった昭和六〇年四月二八日に本件宿舎二に入居し、被告荒井は、事業団職員となった後の昭和六二年一二月二〇日に、国鉄職員当時入居していた職員宿舎からの転居により、本件宿舎一に入居したことが認められる。
(六) 以上の各事実からみるならば、事業団と被告らとの間における本件各宿舎の利用関係については、被告荒井に関しては当然宿舎規程が適用され、また、被告中出に関しても、公舎規程に代えて、専ら宿舎規程が適用されるものというべきである。
3 これに対し、被告らは、被告らが承継法人の職員として採用されず、事業団職員とされたのは、国鉄等の不当労働行為によるものであるから、被告らには承継法人の職員と同様の地位と身分が保障されるべきであり、被告らの宿舎の利用関係について、宿舎規程を適用することは許されないと主張する(再抗弁に対する被告らの認否、反論1(八))。
しかしながら、仮に、被告ら主張のとおり、承継法人の職員の採用の際、被告らの所属する労働組合(全動労)を差別する不当労働行為がなされたものとしても、そのことから、被告らが、当然に承継法人の職員の身分を有するに至ったものと解することは困難である。
すなわち、本件における承継法人の職員の採用については、法令(改革法二三条)上、国鉄が、承継法人の設立委員が示した職員の採用基準に従って採用候補者の名簿を作成し、その中から設立委員が職員を選定の上、採用の通知を発するという手続を経るものとされているところである。そうすると、被告らについても、右採用にあたり不当労働行為があったとしても、右のような採用手続を経ることなく、直ちに承継法人の職員としての地位を有するものとみなすべき根拠はないといわざるを得ない。
したがって、本件各宿舎の利用関係においても、被告らにつき、事業団の職員であることを前提として、右の宿舎規程が適用されるものというべきである。
四 宿舎規程による本件各宿舎の入居契約の終了について
1 再抗弁1(一)の事実(宿舎規程の内容)及び同1(二)の事実のうち、宿舎総括者である事業団北海道支社長から被告らに対し、本件各宿舎に居住することが「不適当」な場合に至っていることを理由に、原告主張のとおり右宿舎の明渡しを求める旨の通知がなされたことについては当事者間に争いがない。
2 そこで、被告らの本件各宿舎における居住が「不適当」なものとして、宿舎規程(一一条一項(6))における明渡しを要する場合に該当するか否かについて検討するならば、次のとおりである。
(一) 宿舎規程一一条一項(6)における「居住することが不適当と認められる場合」とは、本件各宿舎の利用が前記三2(三)のとおり雇用関係に伴う特殊な法律関係であることを踏まえた上で、同項(1)ないし(5)の場合のほか、宿舎の貸与者に対し、宿舎利用関係の継続を求めることが相当とは認められない客観的な事情が存在する場合を指すものと解される。
(二) そして、前記二2、3における争いのない事実に、甲第一七、第一八、第二二、第二三号証、第二五号証の二、第二六号証の一ないし一一、第二七号証、第三八号証の二、三、第四〇、第四一、第四四、第四六号証及び証人山崎博幸の証言、被告中出本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められる。
(1) 事業団は、改革法による国鉄改革の実施に伴い、「日本国有鉄道の長期借入金及び鉄道債券に係る債務(以下「国鉄長期債務」という。)その他の債務の償還、日本国有鉄道の土地その他の資産の処分等を適切に行い、もって改革法に基づく施策の円滑な遂行に資することを目的」として、国鉄が移行した法人であり(事業団法一条一項、二条、改革法一五条)、その目的を達成するため、国鉄長期債務等の元利金の支払、土地等の資産の処分等を行うものとされていた(事業団法二六条)。
また、平成一〇年一〇月二二日における事業団の解散に伴って、原告が、日本国有鉄道清算事業団の債務等の処理に関する法律附則二条一項の規定により、政府が承継する債務以外の一切の事業団の権利義務を承継し、事業団から引き継いだ土地等の資産の処分にあたるものとされている(同法一三条一項二号)。
(2) 事業団が昭和六二年四月一日に承継し、処理すべきものとされた国鉄長期債務等は約二五兆五〇〇〇億円であり、国鉄から承継した土地約八八〇八ヘクタールについては、平成九年度までにその実質的な処分を終了し(平成元年一二月一九日閣議決定)、右債務のうち約七兆七〇〇〇億円をその売却収入により支払うことが予定されていた。しかし、いわゆるバブル経済崩壊後の不動産市況の低迷や地価の下落等の影響により、平成七年度までに売却することができた土地は五三一八ヘクタールに過ぎず、売却収入も約四兆六〇〇〇億円に止まっている。
そのため、平成八年度当初においては、国鉄長期債務等が約二七兆六〇〇〇億円に増加する一方、これに対する土地を含めた返済財源は約七兆四〇〇〇億円程度に過ぎず、返済財源のない債務が約二〇兆円強、金利負担だけでも年約一兆三〇〇〇億円の発生が見込まれている。
そして、返済が不能な債務については、最終的には国、すなわち国民の負担となるため、国鉄資産の早期かつ効率的な処分により、国民の負担を極力軽減することが要請されている(甲第一七、第一八号証、甲第二六号証の一ないし一一、第二七号証、証人山崎博幸の証言)。
(3) 本件各宿舎の敷地を含む旧国鉄所有地は、小樽市内の中心部に近い函館本線小樽築港駅の西側に位置し、鉄道敷地(函館本線)の南側に沿って東西に長い一団の土地である。そして、そのほぼ中央部を、北西方向から南東方向にかけて、高速自動車道(札樽自動車道)が貫き、それにより東西に分断されており、その東側の土地(約二万平方メートル、以下「東側土地」という。)の東端に本件宿舎二(被告中出の居住建物)が存在し(右宿舎の敷地部分は約一五一一平方メートル)、西側の土地(約一万三〇〇〇平方メートル、以下「西側土地」という。)の西端に本件宿舎一(被告荒井の居住建物)が存在する。
東側土地、西側土地とも、かつては、全体が国鉄の宿舎用地とされ、合計八一戸の宿舎が存在していたが、現在は、本件各宿舎以外の宿舎はすべて収去され、西側土地は、本件宿舎一を除き空地の状態であり、東側土地は、本件宿舎二の隣地が消防署の敷地として小樽市に売却されたほか、一部が宅地として分譲されている(甲第二二、第二三号証、第二五号証の二、第三八号証の二、三、第四四、第四六号証、証人山崎博幸の証言、被告中出本人尋問の結果、弁論の全趣旨)。
(4) 事業団及び原告においては、本件各宿舎を取壊した上、敷地を売却することを予定しているところ、本件宿舎二の敷地は国道五号線に面しており、本件宿舎一の敷地を含む西側土地は、右敷地を通じて市道に面しているため、売却にあたっての道路条件に不都合な点はない。また、前記(3)のとおり、右各土地は、小樽市中心部の近くに位置している上、国道五号線や高速自動車道を通じて、札幌市内とも通勤等の往来に便利な場所にあり、更に、近年、付近の旧国鉄用地内に大規模商業施設(「マイカル小樽」)が開店したため、売却にあたっては、多様な用途に向けた高い需要が見込まれている。そのため、事業団及び原告としては、本件宿舎二の敷地部分については約四〇〇〇万円、西側土地分については約二億円程度の売却収入を期待している。
他方、西側土地については、本件宿舎一が市道との出入口を塞ぐ形で位置しているため、現状のままでは、その全体の処分は不可能な状況となっている(甲第二二、第二三号証、第二五号証の二、第三八号証の二、三、第四四、第四六号証、証人山崎博幸の証言、弁論の全趣旨)。
(5)ア 本件宿舎二は、昭和三年一二月に新築された一棟二戸用の木造平家建て住宅のうちの一戸(床面積45.23平方メートル)であり、昭和四九年六月に補修工事がなされたが、建築後七〇年余りを経ているため、老朽化が進んでいる。また、一棟二戸のうち、空き家となっている隣家部分は、天井が落ち、室内の壁も壊れ、朽廃状態に近い(甲第三八号証の二、第四四号証、証人山崎博幸の証言)。
イ 本件宿舎一は、昭和二三年一月に新築された一棟二戸用の木造平家建て住宅のうちの一戸(床面積41.58平方メートル)であり、これも建築後五〇年余りを経ているため、同様に老朽化が進んでいる。また、一棟二戸のうち、空き家となっている隣家部分も老朽化し、天井の壁紙が剥がれる等しているが、被告荒井は、平成三、四年ころから平成九年ころまでの間、本件宿舎一との境の壁に出入口を取り付け、右の空き家部分の一部を事業団に無断で使用したことがあるため、その朽廃の程度は本件宿舎二の隣家ほどではない(甲第三八号証の三、第四〇、第四一、第四四号証、証人山崎博幸の証言)。
(三) 他方、乙第九、第一〇号証及び被告中出本人尋問の結果によると、被告らについて、次の事実もまた認められる。
(1) 被告中出は、昭和二一年一月一二日生まれであり、現在、全動労争議団の一員として、小樽市内及びその近隣でのオルグ活動、争議団の収入を目的とした物資の販売活動等に従事しており、生活費については、事業団を解雇された後、組合から月額約一三万円程度の貸付けを受けている。家族は、妻(無職)、長男(二九歳、養護施設に通園中)、長女(二六歳、小平町の小学校勤務)、次女(二二歳、平成一一年三月大学卒業予定)の四人であり、うち、長女は別居し、長男は障害年金の給付を受けている。
(2) 被告荒井は、昭和二一年一〇月一五日生まれであり、現在、全動労争議団の一員として、首都圏等におけるオルグ活動に従事している。同被告においても、生活費については、事業団を解雇された後、組合から月額一四万円程度の貸付けを受けている。家族は、妻(パート勤務)、長男(二六歳、神奈川県勤務)、長女(二四歳、平成六年ころ当時理容学校通学中)の三人であり、長男は別居している。
(四) 以上の(二)、(三)の各事実からみるならば、被告らは、前記(三)のとおり、いずれも本件各宿舎を生活の本拠として使用していることが認められるものの、そこからの転居が不可能であるとも断じ難い一方、本件各宿舎は、建築以来、既に長期間を経過して老朽化が進んでおり、早晩その取壊しが免れ難い段階に至っているものと認められる上、原告においては、前記(二)のとおり、本件各宿舎の敷地を含む付近の所有地を早期に他に売却し、その代金をもって旧国鉄の債務の返済に充てるべき必要性が高いものといわざるを得ず、加えて、本件各宿舎の敷地付近の状況及び付近の土地利用の態様からみるならば、右敷地の売却は、本件各宿舎の明渡しがあれば、十分に実現可能な情勢にあることが認められる。
したがって、右のような諸事情に、本件各宿舎の利用関係が特殊な法律関係の下にあること等を総合考慮するならば、被告らに対し明渡しの通知がなされた当時はもとより、現在においても、被告らが本件各宿舎に居住することは客観的に「不適当」となるに至っているものというべきである。
なお、この点について、被告らは、本件各宿舎での居住を「不適当」とするためには、原告から代替宿舎の提供がなされるべきであるとも主張するが、宿舎規程(甲第三号証の一、第一二号証)においては、事業団ないし原告からの代替宿舎の提供について何らの定めもなく、また、その点についての証人山崎博幸の証言内容をも勘案するならば、事業団ないし原告が宿舎の明渡しを求めるにあたっては、入居者に対し代替宿舎を提供すべき法的義務があるものとは認めることができないところであり、また、右提供がない以上、右の「不適当」とする事情が否定されるものとも解し難い。したがって、被告らの右主張も採用できない。
3 以上によれば、原告の再抗弁1(二)、(四)の主張(宿舎規程一一条一項(6)による被告らの入居契約の終了)は理由があるものというべきである。
五 被告らの信義則違反又は権利濫用の主張(抗弁2)について
1 被告らは、国鉄等の不当労働行為により承継法人に採用されず、事業団の職員とされ、解雇されたものであるから、不当労働行為を行った国鉄及びその移行に係る事業団から更にその権利義務を承継した原告が、被告らに対し、事業団の宿舎規程に基づいて本件各宿舎の明渡しを請求することは、信義則違反もしくは権利濫用であると主張する。
2 被告らの右主張は、国鉄等の不当労働行為により、事業団及び原告が本件各宿舎の明渡請求権を取得するに至ったことを前提に、右請求権の行使について信義則違反等を主張するものと解されるから、ここでまず、仮に、その主張に係る不当労働行為がなされず、被告らがJR北海道等の承継法人の職員に採用され、本件各宿舎を利用していたとするならば、被告らにおいて、その明渡しを免れることができたか否かの点を検討してみるに、
(一) 甲第三三、第三四号証の各一、二及び第三五号証によると、事業団が引き継いだ宿舎については、事業団と承継法人との間に、再抗弁2(一)のとおりの宿舎利用協定が締結されたこと、また、事業団とJR北海道等との間においては、右宿舎について、同2(二)(三)のとおりの一時使用を承認する旨の約定及びその使用期間を平成一〇年三月末日まで更新する旨の約定がそれぞれ締結されたこと、更に、JR北海道の社宅等取扱規程においては、同2(五)のとおり、社宅の明渡条項が定められていること、なお、事業団がJR北海道に対し右のとおり一時使用の承認を更新した宿舎については、平成九年四月までに、そのすべてについて明渡しを受けたことが認められる。
(二) 右認定の事実及び前記四で認定の事実からみるならば、国鉄の分割、民営化の際、仮に、被告らがJR北海道の職員として採用され、その後、同職員として本件各宿舎を利用していたとしても、原告は、被告らの使用に係る本件各宿舎の敷地を売却するため、遅くとも平成一〇年三月末日ころまでには、JR北海道に対しその明渡しを求め、JR北海道も、それに応じて、本件各宿舎を利用する被告らに対し、右宿舎での居住を「明らかに不適当」(JR北海道・社宅等取扱規程一八条(6))であるとして、その明渡しを求めたものと推測される。そして、前記四において認定の諸事情からみるならば、本件各宿舎の利用が客観的に「明らかに不適当」とみなし得ることも十分に肯定できるものというべきである。
(三) 更に、このことは、被告らが、別の承継法人である日本貨物鉄道株式会社の職員に採用されたとした場合においても、同様の状況に至ったものと推認されるところである(なお、弁論の全趣旨に照らすならば、被告らが承継法人の職員に採用され、本件各宿舎を利用する場合としては、JR北海道もしくは日本貨物鉄道株式会社の二社での採用以外には考えられない。)。
(四) 右によれば、仮に、被告らがJR北海道等の承継法人の職員に採用され、本件各宿舎を使用していたとしても、結局、その明渡しを要するに至ったであろうことは明らかというべきである。
3 そうすると、右の事実に、前記四における認定判断を合わせ考慮するならば、被告らにおいては、国鉄の分割民営化当時において事業団の職員とされたか、JR北海道等の承継法人の職員とされたかにかかわりなく、すなわち、被告らの主張に係る国鉄等による不当労働行為の有無にかかわりなく、本件各宿舎の明渡しに応じるべき立場にあるものといわざるを得ない。
4 そうであれば、事業団及び原告における本件各宿舎の明渡請求権は、右の不当労働行為により生じたもの(すなわち、不当労働行為がなければ生じなかったもの)というべき関係にはないから、被告ら主張のように、原告の本訴における右請求権の行使が、信義則違反もしくは権利の濫用にあたるものとみなすべき前提を欠き、信義則違反等と認めるべき余地はないものといわざるを得ない。
なお、仮に、被告らが承継法人の職員であったとすると、宿舎の明渡しにあたっては代替宿舎の提供を受けることも考えられないではないが、前記四の場合と同様に、承継法人においても、その提供が法的義務であるとまで認めるべき根拠は見当たらないところであるから、右提供を欠くことが、右の信義則違反もしくは権利の濫用についての結論に影響を及ぼすものとまでは認め難い。
したがって、被告らの右主張も失当というべきである。
六 以上によれば、原告の本訴請求はすべて理由があるから、これらを認容し、訴訟費用について民訴法六一条、六五条一項、仮執行の宣言について同法二五九条一項、その免脱宣言について同条三項を各適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官・持本健司、裁判官・中山幾次郎は転勤のため、裁判官・近藤幸康は転官のためいずれも署名押印することができない。裁判長裁判官持本健司)
別紙建物目録<省略>
別紙土地目録<省略>
別紙図面一、二<省略>